みんなたのしくすごせたら

さぴこの徒然草紙というか雑記帳

高齢出産

baby!

 

 私が出産したのは37歳。

 

 今も昔も立派な高齢出産の年齢です。

 

 最近は高齢出産の方も増えてきましたので珍しくなくなってはきましたが、やはり少数派ですよね。

 

 高齢出産の自覚はばっちりありましたので、妊娠中は塩分取得に気をつけたり、葉酸のサプリを取ったりと人一倍健康には気を使っていました。

 

そのおかげかラッキーだっただけなのかはわかりませんが、産休までほとんど休むことなく仕事に行くことができましたし、妊娠中も行動に制限はなく、家事等も普通にこなすことができました。

 

 妊娠中は出産を予定していた病院の母親学級にも参加し、助産師さんとの面談でも産後の生活について、我が家のように産後のサポートがない場合は非常につらいので、誰か短期間でも来てもらった方がよいと何度もいわれましたが、その時はその言葉がきちんと理解できていなかったのだと思います。

 

 妊娠中でもこれだけできたのだから産後も大丈夫。

 

変な自信というか、自分はできるって思ってしまったんですね。それまでも仕事をしながら家事はほぼすべて自分でこなしてきたし、子供ができても大丈夫なんて、思ってしまった自分が今では恥ずかしいです。

 

 とりあえずあまりにも助産師さんにいわれたので、自分の母に1か月ほど来てもらうことにしました。

 

実は私の母も高齢出産。母は35の時に私を産んでいます。

 

2人そろって高齢出産ということは、孫ができたときには高齢になっているということ。私の母が初孫と対面したのは70を過ぎてからでした。

 

 最近では70代で働いている人も多くいますが、私の母は自由人といいますが、言葉を悪く言えば自分勝手な人です。自分のやりたくないことはやりません。

 

私はもう歳だから何も手伝いできないわ、と母は言いました。

 

 結局産後すぐから食事の支度は私の仕事となり、夫と母の食事の好みが違うため献立に苦労し、買い物にも満足にいけない状態のまま、洗濯と簡単な掃除のみ母にお願いし、それ以外は育児もすべて自分がしなければならなくなりました。

 

 母は赤ちゃんは壊れそうなので抱っこできない、こわいといって、はいはいできるようになるくらいまでの乳児期まではおむつも取り換えたことがありませんし、抱っこもほとんどしていません。

 

自分の母親がいると思うからしてくれないなんて思うんだ。最初からいないと思えばいい、当時はそう言い聞かせていたものです。

 

 そんなわけで、乳児期に自分の母に子供を見てもらって外出をするなんてことをしたことがありません。子共を少しの時間でも見てもらえる、という環境がないまま、毎日やることばかりがふえていく、そんな日々。

 

 そして若くない身体は少しづつ蝕まれていくのを感じました。

 

 ああ、もう少し若い頃に産んでおけばよかった、そう思った頃にはすでに38歳までのカウントダウンが始まっていたのですからどうしようもありませんね。