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みんなたのしくすごせたら

さぴこの徒然草紙というか雑記帳

子供を産む、産まないの選択~私の場合~

育児のはなし 家族のはなし

Baby C

 

今では子供のことを一番に考えてしまう私ですが、35歳までは子供は必要ないかなと考えていた人間でした。

 

22歳で就職し、ひょんなことから同期の中では一番最初に役職がついたりと徐々にキャリアが形成されていく中で、育児と出産という選択肢が出てこなかったのです。

 

私が結婚したのは25歳でしたが、当時は結婚=寿退社がまだまだ普通の世の中でした。実際当時の会社の先輩社員で、出産までは勤めていようとしていたのにもかかわらず、結局退職勧奨で専業主婦になった方がいたりと、時代はまだまだ女は結婚したら家庭へという時代だったのです。

 

たまたま私に退職勧奨がなかったのは、その時にやっていた業務がほぼ一人で回していたものだったからだと思います。引継要員を探すのが面倒だったのかもしれないですね。その後兼業主婦として働き続けることができました。

 

スーパーウーマンにはなれない

 

今の女性は本当にいろんなことを求められますよね。仕事、結婚したら家庭、そして子供がいたら育児、介護が必要な家族がいたら介護。

 

会社はまだまだ男性が主役の舞台で、家庭を持ち込むことがマイナスになる場面も多々ある日本では、仕事で何かを絶対に成し遂げたいと思う女性にとってはおそらく出産は一時的ではあってもマイナスになってしまうケースがほとんどでしょうから。

 

結婚後に起業し、会社を子供のように大切に育てている知人がいますが、今とても輝いています。家庭よりも仕事を選び離婚後に大きく会社を育てた彼女、もしそのまま家庭と育児の板挟みになっていたらきっとその会社は存在しなかったでしょう。

 

どれも完璧なんてどうやっても無理です。もしいくつもの課題をこなさなければならない状況になれば、自分の能力をそれぞれの必要度に合わせて割り振らないといけないんですからね。ある程度はお金で解決できる問題もあるでしょうけど、お金だって有限ですから。

 

不妊治療をしていた友人

 

私がまだ子供を持つことを考えていなかった頃、長い間不妊治療をしていた友人がいました。当時幼稚園教諭をしていた友人は不妊治療について、なかなか子持ちの友達には話すことができなかったそうで、たまにランチへ行った際など、よく不妊治療のつらさを話してくれたのです。

 

フルタイムで働きながら、行事があるときは持ち帰りの仕事も多く、不妊治療との両立はとても大変そうでした。それでも子供が好きで幼稚園教諭になった彼女にとって、やはり自分の子供を自分の手で育てたいという思いは強く、長期間にわたりお金も時間も費やして努力していたのです。

 

彼女はよく私に「自分が歳を取ったときに、子供がいないって不安じゃない?」とか、「天涯孤独になったらとか思わない?」と聞きました。

 

その時の私は「もし自分に子供がいても子供に自分の面倒を見てもらおうとは思わないし。天涯孤独は子供がいたってなるときはなるものだし」と答えていました。これは今でも考え方としては変わってないです。

 

でも、実際その時は子供を育てている自分なんて、まったく想像もできなかったんですよね。

 

彼女はその後無事出産しました。その時いつかもう一人欲しくなった時のためにと受精卵を保存していましたが、「育児がこんなに大変だと思わなかった。うちは1人で十分」ということで破棄したんだそうです。

 

予想外の妊娠と流産

 

というわけで、まわりの友人に子供ができていっても、子供とはまったく縁のない生活を送っていた私ですが、ある日突然妊娠の兆候が。そう、妊娠したのです。35歳の時でした。

 

子供が欲しいと思っていたわけでもないのに、おなかの中に新しい命がいるということがわかった時に、子供を持つということに対して急に実感がわいてきたのです。

 

でも病院に行って診断を受けて上司に報告した数日後、残念ながら流産してしまいました。

 

子供が欲しいと強く願っていたわけでもないのに、悲しくて悲しくて仕方がなかったのです。涙が止まりませんでした。そして、それまで子供が欲しいといったこともないダンナと一緒に夫婦で泣きました。たった数週間の家族でしたが、見たこともないわが子は間違いなく我が家の一員だったのです。

 

自分の子供を持つということ

 

それまで、子供を持つ友人から子供を産んでよかった話とか、子供がかわいいという話などをたくさん聞いていてもどこか他人事だった自分。どうやっても子供がいる生活ということを実感できなかったのです。

 

朝起きたら仕事に行って、夜はくたくたになって帰ってきて家事を済ませて本を読んだり映画を見たり、週末は車でちょっとした遠出を楽しんで、長期休暇が取れたら飛行機にのってどこかへ行こうかなと考えたりする毎日の中に、一日中一生懸命育児をする自分の姿を想像することができませんでした。

 

自分が子供を持つということは、自分が主役だった人生が少なくてもある一定の期間はわき役に回らなければならなくなるということですよね。自分の思い通りにはいかない、育児ってそんなものだって今なら思えても、当時の私にはそれがとても恐怖でした。

 

でも、強制的に私が主役ではない舞台の上にあげられて、強制的に幕が下ろされた時、主役で居続けられる安心よりもわき役になれなかった悲しみの方が強かったんです。

 

産む、産まないどちらの選択肢でも間違いはないと思う

 

結局流産から1年後に妊娠し出産した私ですが、今は産む選択肢を選んでよかったと自分では思っています。どんなに辛いことがあっても、大変でも、今子供のいる生活が自分にとってかけがえのないものになっているからです。

 

でももし自分が産まない選択をしていたとしても、たぶんその時はなにか違うかけがえのないものを見つけていたでしょう。仕事なのか趣味なのかわかりませんが、今の私にはできなかった何かをきっとしているはず、そう思います。いや、そう思いたい、かな。

 

きっと先に出産した友人達は自分にとって子供がかけがえのないものになったから、私に子供を持つことを進めてくれたのでしょう。でももし今私の目の前に出産を迷っている人がいたら、子供のいる生活を勧めるということはしません。

 

子供のいる人生、いない人生、どちらにもそれぞれの幸せは必ずあると思うからです。

 

産まなきゃわからないこともあるし、産んだらわからなくなることもある。35歳までは産まない選択をしていて、その後に出産した私の個人的な感想でした。